boat here, boat

http://dots.jp/boat

ボート ヒア、ボート|桑折 現 | 新作パフォーマンス
2011年12月3日[土]−5日[月]
構成・演出|桑折 現[dots] 出演|谷川清美/チョン・ヨンドゥ/岩渕貞太/佐幸加奈子

Date | December 3 sat. –5 mon., 2011 / Concept, Direction | Gen Kori / With | Kiyomi Tanigawa, Jung Young Doo, Teita Iwabuchi, Kanako Sako / Venue | Kawasaki Art Center, Artelio Theater

川崎市アートセンター 『boat here, boat』
桑折 現インタビュー

舞台上にたゆたう光、わだかまる影。その狭間で、重さや速さはそれぞれながら確かに舞台に根ざし、己と向き合うように存在するパフォーマーたち。2010年10月、自身が率いるdotsの新作『カカメ』で川崎市アートセンターに初登場した桑折現は、観客を深く引き入れひととき現実から解き放つ、強固な作品世界をいきなり突きつけてきた。あれから1年。今度は個人名義でアートセンター制作による、新作に挑む。「移動」と「境界」、ふたつのキーワードと膨大な「対話」から生まれつつある新作『boat here, boat』創作の旅、その途中経過を聞いた。

取材・文/尾上そら 撮影/須藤崇規

 取材日はまだ暑さも盛りの頃。『カカメ』公演時とは少し印象の違う桑折現が目の前に現れた。聞けば出演者4人とのワークショップに並行し、稽古場近くの横浜の街をリサーチに歩き回るうち日焼けしたのだという。その浅黒い少年のような顔と、舞台の闇に観客を吸い込む彼の作品とが合致せず不思議に感じる。
 昨秋の『カカメ』公演終了後、すぐに新作の話は立ち上がっており、少しずつ準備が続けられて来た。2日前に始まったワークショップにより、創作の段階はひとつ前進。だが、それ以前にも劇場で映像・写真の仕事に従事する須藤崇規との間で、作品の核となる「移動」「境界」という言葉を巡る互いの想い、喚起されたイメージ、種々の原体験などについて対話するメールの「往復書簡」が相当数交わされているという。

 「須藤さんとの往復書簡だけでなく、劇場の担当の方々とも早い段階から作品と創作を共有し、共に考えていくことができることには安心と刺激、その両方を感じています。普段はカンパニーを主宰する立場なので、稽古場の確保から予算問題まで考えなければいけないことが多い。必然的に今回は作品への集中度が高くいられることも、有り難いことのひとつです。
 『移動』と『境界』という言葉は、あるドキュメンタリーを見たことがきっかけで浮かびました。それはジンバブエ人の夫婦の話で、二人はW杯開催で経済成長著しい隣国・南アフリカへ子供と両親を残して出稼ぎに行こうとする。でも山賊に襲われて離れ離れになってしまうんです。再会までに3ヶ月もかかり、その間、夫は生死も分からぬ妻を待ち続ける。再会後、南アでも仕事が見つからなかったり、夫は元々エリートなのに今は洗車のアルバイトしか仕事がないとか、世界の現状を圧縮したようなエピソードが次々描かれていて。

 それを見たあと、人が「移動」し、この場合は国境でしたが「境界」を越えた先に何を求めるのかを考えた。きっと、あらゆる意味での「豊かさ」だというのが僕の答えですが、次に考えたのが、ではその「豊かさ」とは何かということ。それがすべての始まりで、その後、ふたつの言葉から派生する様々なイメージ、個人的な体験と記憶、関連する書籍や思想の存在についてなど、内と外、過去と現在というように、自在に尺度を変えながら須藤さんと往復書簡を続けているのです。社会的・政治的なことを直接作品に入れるつもりはありませんが、観る方が感じる中に自然に喚起されればいいのかな、と思っています」

 作品を貫くふたつの言葉は、キャスティングにも影響を及ぼしている。4人の出演者は俳優・谷川清美(日本)、ダンサー・チョン・ヨンドゥ(韓国)、ダンサー・岩渕貞太(日本)、ダンサー・佐幸加奈子(日本・ウィーン在住)という国籍とジャンルを越境した顔ぶれなのだ。

 「韓国から来たチョン・ヨンドゥさんと長く外国で生活している佐幸さんは、意識的に選んだところはあります。僕は全員初めてご一緒させて頂くので、ワークショップ初日はすごく緊張しました(笑)。でも始めてみると2時間くらいですぐに打ち解け、皆がこの座組に安心と興奮を感じているのがわかった。自分で言うのもなんですが、奇跡的なメンバーが集まったと思うんです。

 唯一の俳優・谷川さんはフィジカルがメチャクチャ強くて、ダンサーたちが驚くほど。場のなかで異物になったり馴染んだりの往還が巧みで、そのうえ言葉だけでなく音を出すことにもクリエイティブでそれを頼りにダンサーが動けたりもするんです。チョン・ヨンドゥさんはフッと動いただけで、その動きが完成しているように見えるほどすべてが洗練されている。岩渕さんには荒削りだけれど、圧縮したような強さを感じました。佐幸さんはバレエからコンテンポラリーに転向した方なので、ベースがしっかりしたうえで柔軟性もある。存在感と透明感を併せ持つ人で、どのようにも化けてくれそうだと期待しています」

 テーマと共に創るアーティストは揃った。今回もうひとつ、自身の挑戦として桑折が掲げているのが、作品のなかで「言葉」をどう扱うか、ということだ。

「言葉をどう扱うか、というのは僕が舞台芸術に関わり始めて以来のテーマなんです。初期は言葉も物語も使っていたのですが、ちょうど大学に入ったくらいに一度それらから離れたいと思い、そのためにdotsを始めました。舞台芸術には乱暴に言うと、「演劇が内包する具体性」と「ダンスが内包する抽象性」がそれぞれあると思っていて。dotsでは「ダンスが内包する抽象性」や言葉を使わないことによる広がりに近づこう、そこから作品を創ろうとしてきました。自分ではずっと「言葉は楔(くさび)を打つもの」と思っていて、使うにはそれなりの理由と強度があるべきだ、と。
 恩師である太田省吾さんの影響も大きいですね。すごく言葉数が少ない方でしたが、ふっと出てくる言葉の強さが、ご本人からも作品からも感じられた。

 でも今、自分で作品を創ろうとしたとき、言葉を用いずイメージと抽象性だけでは、この現実に対し得る作品を創るのは難しい、応えきれないという感覚もあるんです。だからこそ今回は、意味や物語を伝える以外の言葉の可能性、作品の中に楔を打ち込むツールとしてのあり様を、さらに深く探りたい。そのうえで「人」をどう見せるかにもこだわるつもりです。僕が舞台芸術を通して最終的に何が見たいかを絞り込んでいくと、それは「人」。作品のコンセプトや形態は「人」に対峙し、見続けるための装置に過ぎないと捉えているところがあるから。
 つまりは二つとも僕の創作上の原点で、今回のキャストや創作の場と出会えたことで、螺旋を一周し、少し上がった状態で原点に立ち返る、そんな創作ができるような気がするんです」

 本格的な創作は秋が深まるころから。桑折と4人のパフォーマーが身体と空間、時間と言葉をそれぞれに咀嚼し、生み出した作品は私たちをどこへ「移動」させ、どんな「境界」を越えさせてくれるのか。今はただ心待ちにしていよう。

(2011年8月3日 にしすがも創造舎)